宗教戦争のアメリカ(2) ムスリム議員 就任宣誓コーラン使用で大もめ

Mr. Ellison (maybe) goes to Washingtonアメリカで初めてのムスリム(イスラム教徒)下院議員として当選したキース・エリソン(Keith Ellison)氏が、1月に連邦議会で行う就任宣誓にイスラム教徒としてコーランを使用する意向を表明して大騒ぎになりました。

就任宣誓といえば聖書(バイブル)の上に手を置いてやるもんだろうが!というのが、保守派からの反発の声です。

興味深いのはエリソン氏に最初にクレームを入れたのが、ロサンゼルスで保守派のトーク・ラジオ・ホストをしているユダヤ系のデニス・プレーガーという人物だったということです。彼は次のように叫んでいます。

Prager headlined the post, “America, Not Keith Ellison, decides what book a congressman takes his oath on.” He argued that using the Koran for the ceremony “undermines American civilization.” キース・エリソンではなくアメリカが、連邦議員が就任宣誓をするときにどの本を使うかを決めるのだ。コーランを使うことはアメリカ文明を損なう行為だ。

“Insofar as a member of Congress taking an oath to serve America and uphold its values is concerned, America is interested in only one book, the Bible,” he wrote. “If you are incapable of taking an oath on that book, don’t serve in Congress.”連邦議員がアメリカに奉仕してアメリカの価値を守る宣誓を行うことに関する限り、アメリカはたったひとつの本にしか興味がない、それは聖書(バイブル)だ。もし聖書で宣誓ができないというのなら議員になってはいけないのだ。

フォックス・ニュースhttp://www.foxnews.com/story/0,2933,233983,00.html

恐るべき狭量と言わざるを得ませんが、ここでもユダヤ=キリスト教を国民的伝統として強調する意図をうかがうことができます。

Portrait of John Quincy Adams

さて、プレーガー氏の言っていることは事実ではありません。実はすでに多くの議員が聖書を使わないで宣誓しています。その多くがユダヤ系の議員で、ユダヤ教の教典Tanakhを使っています。

さらにワシントン・ポスト掲載記事に寄れば、歴史をさかのぼると、1825年、ジョン・クィンシー・アダムズ大統領は就任宣誓に聖書を使わず、法典を用いたと記録されています。セオドア・ローズヴェルト大統領も、1901年に大統領に就任したときには聖書を使いませんでした。建国の父祖や世紀転換期の指導者は、今のアメリカよりもはるかに世俗的で柔軟だったということかもしれません。

ワシントン・ポスト エリソン氏コーラン使用問題 JQアダムズも聖書使わなかったhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/08/AR2006120801482.html

 

 

 

 

 

(続報)

キース・エリソン議員、トーマス・ジェファーソン所蔵のコーランで宣誓

ジェファーソン蔵書のコーランで宣誓するエリソン氏

2006年1月4日、エリソン議員は無事、コーランを使って議員就任宣誓を行いました。連邦議会図書館(Library of Congress)が、かつて建国の父祖のひとりトーマス・ジェファーソンが所蔵していたコーランを保管していたことが分かり、エリソンはこれを宣誓に使用することを希望、実現した次第です。何というか、出来すぎたオチのような話の展開ではあります。

ワシントン・ポスト紙によればこのコーランは1764年にロンドンで出版された英訳本(2巻)で、稀代の本の蒐集家であったジェファーソンは、米英戦争(1812年)で被災した連邦議会図書館の再建のために個人蔵書を寄付、そのなかにこのコーランが含まれていたというわけです。

宣誓の当日は、厳重な警戒のもとに、連邦議会図書館から連邦議会まで(ちょうど日本の国会図書館と国会議事堂のようにほぼ隣り合っています)、地上を使わず迷路のような地下道を通ってコーランは運ばれたそうです。

ジェファーソンはコーランを恐れていなかった、ということで、またまた建国の父祖たちの頭の柔らかさが分かるエピソードであり、頑迷固陋な宗教右派には痛烈な皮肉の一撃になったと言えるかもしれません。

ワシントン・ポスト記事 エリソン氏ジェファーソンのコーランで宣誓(2006/1/4)