東南アジア占領と日本人

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『東南アジア占領と日本人─帝国・日本の解体』岩波書店(2012年7月28日発売)

書評・紹介(ありがとうございました)/

*早瀨晋三『書評空間』(2012年8月7日)
*山室信一「ニュースの本棚 第1次大戦から」『朝日新聞』(2012年8月12日)
*五十嵐武士『週刊エコノミスト』(2012年9月11日号)
*Sightsongさん(2012年8月18日)
*桐生南高校教頭の関野豊さん「図書館通信No.8」(2012年11月12日)
*渡辺登「美名の裏の統治の実態」『西日本新聞』(2012年12月9日)12頁(読書面)
*「シリーズ現代の視点 一橋大学教授 中野聡さんに聞く」『しんぶん赤旗』(2012年12月12日)9頁
*上野美矢子「新刊紹介 中野聡著『東南アジア占領と日本人』」『史学雑誌』122巻4号(2013年4月):110-111頁。
*田口裕史「書評 東南アジア占領と日本人─帝国・日本の解体」『わだつみのこえ』138号(2013年7月):109-110ページ。
*荒哲「書評 東南アジア占領と日本人─帝国・日本の解体」『歴史評論』761号(2013年9月):98-103頁。
*Kim, Kyu Hyun. 2013. “Memory: Troublesome, Irrepressible, and (Painfully) Illuminating” [PDF 1] Cross-Currents: East Asian History and Culture Review E-Journal 8: 134-139.
*安達宏昭「文献紹介 『東南アジア占領と日本人ー帝国・日本の解体』」『同時代史研究』6号(2013年):86頁。
*河西晃祐「書評 中野聡『東南アジア占領と日本人 : 帝国・日本の解体』(戦争の経験を問う)」『歴史学研究』916号(2014年3月):53-56頁。
*大久保由理「書評:『他者』との遭遇――『学びの場』としての東南アジア占領(中野聡『東南アジア占領と日本人――帝国・日本の解体』岩波書店、2012年)」『西洋近現代史研究会・会報』29(2015年7月): 22-24頁。

*武島良成「新刊書紹介 中野聡著『東南アジア占領と日本人 : 帝国・日本の解体』」『東南アジア 歴史と文化』47(2018): 123-7.

2018年、本書の英訳Japan’s Colonial Moment in Southeast Asiaが Routledge社より刊行されることになりました。

(前略)
開戦後、南方に向けた動員は一気に拡大していった。
哲学者・三木清(1897生)は、友人・坂田徳男への手紙(1941年12月22日)に、こう記している。「時局はいよいよ重大となり、烈しい試練の時が来ました。哲学というものもこれからやはり大きな試練に出逢うことになるだろうと思います。一時の流行に迷わされることなく、後世の人から笑われないように、肝を据えてやってゆきたいと考えます。ここらで私も一つ清算して、来年からは新たに出発するつもりです」。ところがその三木のもとにも、まさかの徴用令状が届いた。三木は第二次徴用員として、フィリピンに向かうことになった。翌42年1月、「不日出発、御奉公いたすことになろうと思います」「一年くらいは不在になろうと思います」と、引き受けていた講演の依頼を徴用を理由に断る詫び状の末尾に三木はこうつけ加えた。

何処へ連れてゆかれても何事かは学び得る希望をもって(三木清1968、第19巻、418-9頁)。

三井物産繊維部人絹課長の桑野福次(1901生)のもとに徴用令状が届いたのは、1942年3月1日、日本軍が英植民地ビルマの首都ラングーンを占領した後の3月28日、土曜日で午後早めに帰って子供と遊んでいた夕方のことだった。当初の予定を変更して南方攻略作戦の範囲がビルマ全域に拡大、日本軍がビルマに占領軍政を施行する可能性が強まったことから、商社員としてビルマに駐在した経験のある桑野が軍政要員として徴用されたのである。仕事のこと、家族のこと、「いろいろ計画があったが一切ご破算」となった。しかし、留守の不便を気遣う徴用事務の陸軍少佐に向かって桑野は「国家のご用とあれば問題でありませんから、参ります」と答えたという。戦後(1988年)の回想で、桑野はそのように記したあと現代の読者に向けた「註」を付して、こうつけ加えている。「当時の国民のほとんど総てが、こう答えたはずで、特に著者だけが全体主義者・右翼であったわけではない。一方的な情報と偏向教育により、国民の総てが尽忠愛国の道を歩んでいた」(桑野1988、14〜5頁)。
南方作戦・占領に向けて動員された徴用員や軍人の経験から、ほんのいくつかの断片を紡ぎ合わせてみた。唐突に徴用令書や異動命令を受け取ったときの戸惑いや緊張、これから何か大きなことが起きるのではないかということへの不安と期待、突然の非日常がもたらす興奮とある種の祝祭感。これらは彼らが残した「語り・回想」に、ほぼ一様に語られている心象風景である。日中戦争が泥沼化し、日米交渉も行き詰まるなか、12月8日の開戦と真珠湾攻撃の報が多くの日本人に時代の閉塞感を打ち破る解放感と歓喜をもたらしたことは、これもまた文学作品や庶民の記録に語られてきたところである。開戦前に動員された人々は、それを一足早く味わった。そしてそこには、探しあぐねていた時代の出口を「新しい戦争」に見いだそうとした日本人の姿が見出せる。
その出口の先に、彼らは何を見出し、そして何事を学び得たのだろうか──本書では、日本の南方=東南アジア 占領が、戦後の日本と日本人に向けて開かれた歴史経験としてもった意味を、主として東南アジア占領に関わった日本人の「語り・回想」を読み解くことを通じて考えていく。
(後略)
目次

序章 歴史経験としての東南アジア占領

第1章 大本営参謀たちの南方問題
1 日中戦争の出口としての南方
2 好機南進論と受け身の南進論
3 大本営の東南アジア占領構想
第2章 東南アジア占領・言説と実像
1 南方攻略作戦
2 南方軍政の始動─宥和と圧制
第3章 大東亜共栄圏・欲望と現実
1 軍事的植民地主義の限界
2 圧制の限界─人見潤介のフィリピン体験
3 自省の契機
第4章 「独立」と独立のあいだ
1 「独立」付与をめぐる相克
2 立ち上がる政治的主体
第5章 帝国・日本の解体と東南アジア
1 終焉に向かう戦局とアジアのナショナリズム
2 「学びの場」としての東南アジア占領
あとがき