(改訂版)LGBT・ゲイ権利運動の市民権戦略とアメリカ政治

(改訂版)LGBT・ゲイ権利運動の市民権戦略とアメリカ政治

アメリカにおけるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー=性的オリエンテーションにおけるマイノリティ)の市民権戦略を考えてみましょう。

藤永康政氏が指摘するように、「公民権運動が達成した変化は、黒人をはじめとするマイノリティの政治的権利だけにとどまらず、抑圧されていた集団が肯定的なアイデンティティを構築していく意識覚醒を促進」しました(『原典アメリカ史』岩波書店、2006、第8巻、290頁)と言えます。その代表的な例が、厳しい差別排斥の視線に晒されてきたLGBTの権利運動だったと言えるでしょう。




Stonewall and Byeond: Lesbian and Gay Culture (Columbia University教材サイト)

LGBT運動の起点として今日顕彰されているのが、1969年6月28日のストーンウォール「蜂起」事件です。ゲイであるというだけで警察に逮捕されるなどの境遇にあったゲイたちが、ニューヨークのゲイ・バー「ストーンウォール」への警察のがさ入れに対して行った「抗議行動」がこのストーンウォールの「蜂起」でした。小さな事件のようですが、LGBT運動史のなかでは重要な位置を占めています。

1969年ストーンウォール「蜂起」事件の回顧 (CNN 1999/6/22)
http://edition.cnn.com/US/9906/22/stonewall/

この翌年には、NYで行われたゲイ・プライド・パレードが1面トップ記事で報道され、1970年代を通じて、LGBTの「カムアウト」、政治・社会的な組織化が進んで、「マイノリティ・グループ」のひとつとして権利と承認を求める主張を繰り広げることになります。(松原宏之『原典アメリカ史』岩波書店、2006、第8巻、310-311頁)。

 


 

Harvey Milk in 19771977年にサンフランシスコ市参事に当選したHarvey Milkは、全米史上で初めてゲイであることを公然と認めて出馬し(1973年、75年には落選)公職に選出された人物となりましたが、1978年にGeorge Moscone市長と共に同僚参事に暗殺されてしまいました。Milkはその明るい強烈な個性と暗殺の悲劇によって、アメリカの政治・社会のなかでカミングアウトするゲイを象徴する伝説的存在として顕彰され、今日に到っています。TIME誌はMilkを「20世紀のもっとも重要な100人」に選びました。

Harvey Milkの業績と殺害(1978年)
http://en.wikipedia.org/wiki/Harvey_Milk
http://www.time.com/time/time100/heroes/profile/milk01.html
http://jp.youtube.com/watch?v=7Rgam0H9_A4


 

そのマイノリティ的な性格から、圧倒的に民主党支持とされているLGBTにも共和党支持層が存在します。その代表的な存在が、<ログキャビン・リパブリカン>です。彼らは同じ共和党支持層である宗教右派が求める反LGBT政策を党や共和党政権が採用しないように働きかける存在となっています。彼らはレーガンが大統領をめざしていた1970年代の末にカリフォルニア州におけるゲイ排斥の住民投票提案(ゲイの教員採用を認めない州法の制定を求めていた)を支持しなかった事実を強調して、共和党は反ゲイの政党ではないことを主張しています。
ログキャビン・リパブリカンについて注目すべきは、彼らが共和党の伝統的な財政均衡主義やビジネス寄りの税制の支持者であり、「小さな政府」信奉者であって、そうした哲学が彼ら自身の性的志向というアイデンティティより彼らによって重視されているということです。そして、小さな政府、プライバシーに干渉しない政府という観点からは、本来は政府は性的志向に干渉すべきではないと彼らは考えているわけであり、宗教右派に「のっとられる」前の正統派共和党支持層を自認しているのであって、その意味で、宗教右派に一度は乗っ取られて混乱した共和党の、財政保守主義・文化的中道路線への回帰を求める存在だと言えるでしょう。
共和党系の政治家でも、ログキャビン・リパブリカンを歓迎してゲイに寛容な政策を志向するカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツネッガー知事がいる一方、ゲイ批判を繰り広げて宗教右派の歓心を買おうとする政治家もいてその対応はさまざまです。近年は反ゲイ論者とされてきた共和党議員やキリスト教会有力者が同性愛をめぐるスキャンダルで相次いで告発されたり辞任に追い込まれるスキャンダルが相次いでいます。

ゲイ・リパブリカン団体 ログキャビン・リパブリカン
http://online.logcabin.org/
http://en.wikipedia.org/wiki/Log_Cabin_Republicans
あいつぐ共和党系政治家・宗教家の同性愛スキャンダル
2004年 ヴァジニア州共和党右派下院議員が同性愛買春の批判を受けて選挙に不出馬(ワシントンポスト)
2006年 共和党マーク・フォーレー下院議員(フロリダ州選出)が、Congressional Pagesの未成年少年にわいせつなEメールなどを送り、過去にもPages経験者と性関係をもっていたことも露見して辞任。共和党の敗北に影響を与える(ワシントンポスト)
2006年 エヴァンジェリカル最大手の教会(メガ・チャーチ)・ニュー・ライフ・チャーチの指導者Ted Haggardが同性愛買春を行っていたことが発覚して辞任(CNN)
2007年 アイダホ州選出上院議員Larry Craigミネアポリス・セント・ポール空港のトイレでわいせつ行為で逮捕される。辞任を拒否(CNN)


ABC News ゲイと共和党についてのニュース・クリップ(2006.10)

ログキャビン・リパブリカンの寄附集会で演説するアーノルド・シュワルツネッガー知事(2006.6)

ログキャビン・リパブリカンの支持を受け入れますか?共和党予備選候補者討論会から(2007.11)


 

1990年代以降のLGBTをめぐる動きはまさに「せめぎあい」と言うことができます。人口の1%程度を占めると言われるLGBTの存在を社会的現実として承認する動きがある一方で、強い拒絶反応があることも事実です。公民権団体や女性運動が「同じマイノリティ」としてLGBTと連帯しているかというと、必ずしもそうではなかったり、かえって激しい拒絶反応を示す場合もあります。主流社会に対して平等の承認と権利を主張するマイノリティが、主流社会との価値観の共有を強調するのは市民権戦略の必然という面があり、その意味でLGBTは他のマイノリティからの拒絶の対象となり得るわけです。

その一方でLGBTは、相対的に言えば高学歴・専門職でひとりあたり所得も、世帯所得(共働きの比率が非常に高いため)も高い傾向があるために、NY、LA、サンフランシスコなどの大都市では無視の出来ない有力な社会層を構成していると考えられています(ただし、このような見方は全米全体・低所得/亭学歴層にも満遍なく広がっているLGBTの実態を捉えていないという批判もあります。付記のデータをご覧ください)。こうしたことを背景にして、NYのブルームバーグ市長やカリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガーなどは共和党であるにもかかわらずLGBT問題にはリベラルな姿勢をとる傾向が指摘できるのです。

世帯所得をはじめとする全米のゲイに関するセンサス資料
http://www.gaydemographics.org/USA/PUMS/nationalintro.htm

全米の世帯所得・貧困などに関するセンサス資料
http://www.census.gov/prod/2006pubs/p60-231.pdf

 


 

同性婚問題もせめぎ合いが続いています。2004年にはマサチューセッツ州の最高裁が同性婚の法的有効性を認める判決を出しました。その一方で宗教右派の同性婚攻撃も展開していて、2004年の選挙では反ゲイ立法の住民投票が各地で成功を収めました。

CNN http://edition.cnn.com/2004/LAW/02/04/gay.marriage/

Democracy Now 2005/6/27
http://www.democracynow.org/article.pl?sid=05/06/27/1335233
2007年カリフォルニア州最高裁は同性婚を禁止する州法を無効として、6月から同州で同性の法律婚が解禁となりました。
ロサンゼルス・タイムズ(2008.5)

同性婚解禁判決を歓迎するロサンゼルス市長のスピーチ

CNN アンダーソン・クーパー・リポート(2008.5.15)


 

2004年にはニュージャージーNew Jersey州知事のマクグリーヴィーJim McGreeveyが、州知事としては史上はじめてゲイとしてカミングアウトしたうえで辞任しました。彼はカミングアウト後も数ヶ月在職したのでオープンリー・ゲイとしては最高の官職の経験者ということになりました。彼が発表した回顧録を読むと、ゲイであることを秘匿しながら政治家を歩んだことがいかに彼にとって心理的な重圧であったかが分かります。

ニュージャージー州知事ゲイとしてカミングアウトして辞任(CNN 2004/8/12)
http://edition.cnn.com/2004/ALLPOLITICS/08/12/mcgreevey.nj/
Wikipedia Jim McGreevey
http://en.wikipedia.org/wiki/Jim_McGreevey
辞任した知事、回顧録で苦悩を語る(New York Magazine)
http://nymag.com/news/politics/21340/

このようにLGBTは、ある意味で有力な社会層を構成するマイノリティと言うことができる一方で、女性や黒人が大統領をめざすことが可能になった現代アメリカにおいても、オープンリー・ゲイとしては政治家として最高の地位をめざすことが難しいのが現実です。カミングアウトすることが障害にならない職域もあり、社会的承認が進んでいる面があると言っても、ゲイであることを職場や家族に隠している人々が多いことも事実です。このことは、LGBTが他の民族的・宗教的マイノリティとは異なっていて、現代アメリカ社会においてもアウト・カースト的に位置づけられている側面があることを示しています。それゆえその市民権戦略も、民族的・宗教的マイノリティとは異なった性格を帯びざるを得ないのです。

 


おすすめの映画
劇映画
フィラデルフィア(1993)
ブローク・バック・マウンテン(2005)
トランスアメリカ(2005)
ドキュメンタリー映画
One Nation Under God(1993)
Gay Republicans(2004)
Saint of 9/11(2006)
Camp Out(2006)

(追記)

ゲイ・レズビアン(G/L)のアメリカ合衆国における実情について豊富なリサーチ報告をしているサイトとしてUrban Instituteのデータを紹介しておきます。

Gay and Lesbian Demographics

http://www.urban.org/toolkit/issues/gayresearchfocus.cfm

■米軍とG/L http://www.urban.org/publications/411069.html

米軍(連邦軍)に勤務しているG/Lは現在、3万6000名(全体の2.5%)に達しており、これに州兵(National Guard)を加えると6万5000名(全体の2.8%)に達するとの数字が示されています。ちなみに、現在のところ米軍はオープンリー・ゲイの勤務を認めておらず、「ゲイであるかどうかを聞かない、言わない(Dont’t Ask, Don’t Tell)」という政策をとっています。

■全米のG/L世帯 http://www.urban.org/publications/1000491.html

2000年センサスは、全米のG/L世帯(未婚の同性パートナーunmarried same sex parterが構成する世帯)が60万1209世帯(全体の0.99%)にのぼると発表しました。G/L世帯が都市部に集中しているのは事実ですが、全米の3219のカウンティ(アメリカの基本的な地域行政単位)のうち、G/L世帯が存在しないとされたのはわずかに22に過ぎませんでした。

さらに、州別のG/L世帯比率の統計によれば、もっともその比率が高いカリフォルニア州で1.4%、最も低いノース・ダコタ州で0.47%となっており(コロンビア特別区=ワシントンDCは5.14%にのぼる)、これまで考えられてきたよりもはるかに満遍なくG/L世帯が全米に分布していることが明らかになっています。

G/L世帯人口統計(PDF版)は下記をごらんください。

http://www.urban.org/UploadedPDF/1000491_gl_partner_households.pdf

■G/L世帯と所得の問題 http://www.urban.org/publications/900631.html

都市部・高学歴・専門職で高所得というイメージがもたれてきたG/Lですが、Urban Instituteによれば、ゲイ男性の所得は、どの年齢層、どの学歴グループについても、女性をパートナーとする男性の所得を大きく下回っているという結果が出ています。さらに調査は、G/Lに対する雇用差別の有無がこの数字に影響すると述べていて、G/L雇用差別を禁じている州はそうでない州(全米の約7割36州が雇用差別を禁じていない)に較べて、ゲイ男性と異性をパートナーにする所得ギャップが小さくなる傾向があると指摘しています。