(改訂版)査証なし移民(Undocumented Immigrants)とアメリカの市民権構造・市民権戦略

「移民のいない日」行進の写真をつないで作ったモザイク(クリックすると写真をダウンロードするサイトへ)現代アメリカ経済が、その底辺を査証なし移民(undocumented immigrants)によって支えられ、さらに合法移民・帰化市民に人的資源を大きく依存してることは言うまでもありません。

その一方で、移民とりわけ査証なし移民によって「アメリカ人」の給与・所得・生活水準が切り下げられている、あるいは脅かされている、さらにはアメリカの国民統合が危機に曝されている、あるいは国民統合の中核となるべき価値が変質してしまうという反発や警告も、歴史のなかで繰り返されてきました。このような状況のもとで、アメリカに居住し、あるいはアメリカに帰化して市民権を取得することでさまざまの問題を解決しようとしてきた人々(移民)は、どのような市民権戦略をとってきたと言えるでしょうか。現代アメリカにおける移民問題の焦点となっているヒスパニック系の人々に注目して考えてみたいと思います。

 1.ヒスパニック系人口(センサス2000ブリーフ) PDFファイル

ヒスパニックの人口分布(クリックすると詳しい情報のページへ)

3530万人 (総人口の12.5%)

メキシコ系2060万人・プエルトリコ系340万人・キューバ系120万人・中米諸国・・・170万人・南米諸国・・・140万人

4分の3以上が西部・南部に居住

非合法移民は約1000万人/非合法・合法移民両方を含む世帯が増加している(NPR2005/6/15)

2.反・非合法移民立法の動き

■非合法移民の継続的な流入と定住化に対する反発と非合法移民に経済を支えられている現実を背景に、アメリカでは州、連邦それぞれに非合法移民問題の解決の決め手を立法に求める動きが続いています。

■連邦議会で2005年から2006年にかけて検討された移民法では、国境管理 boarder protection と非合法移民の雇用主に対する罰則の強化、非合法移民支援の違法(刑事罰)化などを柱とする下院案が可決(2005年12月)され、非合法移民の合法滞在への道を一定の条件のもとに開く案を含んだ上院案と調整が難航しました。(Wikipedia: HR4437)ブッシュ大統領は、2006年5月、国境警備に州兵を一部動員する行政命令を出す一方で、2007年1月の議会への一般教書演説では一時滞在の出稼ぎ移民を合法化するプログラムを提唱しています。2006年の会期末には、アメリカ=メキシコ国境に越境を阻止するためのハイテク・フェンスを設置する法案が成立しました(Secure Fense Act of 2006

査証なし移民問題を諷刺するコルベア・リポー(コルベール・リポート)のエピソード■連邦議会の審議が難航する一方で、各州レベルで、反・非合法移民立法が次々と制定されています(USATODAY:States take Action on Immigration Issues 2006/7/9)。たとえば非合法移民の越境問題への反発が強まっているアリゾナ州では次のような項目が州議会で立法・住民投票提案されています。

Arizona

• Required U.S. citizenship or legal immigrant status to receive health benefits. Illegal immigrants can receive emergency care only.
• Sent troops to assist with vehicle inspections along Arizona’s border with Mexico.
• Approved ballot initiatives to be decided by voters in November:
>Making English the official language of Arizona.
>Prohibiting undocumented immigrants from receiving state services such as adult   education, child care and in-state tuition rates at public colleges and universities.
>Prohibiting undocumented immigrants from receiving punitive damages in civil lawsuits.
>Requiring judges to deny bail to undocumented immigrants arrested for serious offenses.

3.移民のいない一日 A Day without Immigrants

■このような反移民立法の動きに対抗する市民行動が大きなうねりになった点でも、2006年は注目すべき年でした(Wikipedia: 2006 United States immigration reform protests)。公民権運動の時代以来、大規模な街頭行動やイベントで先行してきたのはなんと言っても黒人運動でしたが、2006年の移民問題をめぐるヒスパニック系住民のデモ行進は、過去の市民運動が動員できた数をはるかに上回る人数の動員に成功して注目されました。この運動の集大成として2006年5月1日に行われたのが、この日、全米の移民労働者にボイコット(働かない・買わない)を呼びかけた「移民のいない一日」運動でした。

■アメリカの主流メディアがほとんど事前に予想できなかった街頭行動の巨大な成功は、ヒスパニック(スペイン語)メディアを通じた動員の力を見せつけました。同時に、移民やヒスパニック系に対する警戒感を一層強めたことも事実であり、ここでもせめぎ合いが強まっています。

「移民のない一日」の様子を描いたミュージック・ビデオ

「移民のない一日」のインスピレーションとなった映画「メキシコ人のない一日」のトレイラー

■反移民系の移民研究所ウェッブサイト Center for Immigration Studies

■国境警備ボランティア団体 Minuteman Project

コルベア・リポー(コルベール・リポート)ミニットマンプロジェクト主催者Jim Gilchristを招く4.イラク戦争と非合法移民

■グリーンカード・マリーンズ

イラク戦争最初の戦没米兵は非合法移民のグリーンカード・マリーンだった

http://www.delta-1.net/marine1.html

志願に頼る現在の米軍にとって、市民権の付与は、若者──この場合は移民青年──をリクルートするもうひとつの決め手となっています。その現実をアメリカ社会に知らしめたのが、米軍戦死者第一号と報道されたホセ・アントニオ・グティエレスでした。彼は移民、それもグアテマラ内戦で両親を失い孤児院で育った後にアメリカに出奔した、査証なし移民の出身だったのです。さすがに今のところ、米軍入隊には永住権(グリーンカード)が必要だ。しかし、入国後ホームレス・シェルターで生活していたホセの場合は、ソーシャル・ワーカーが養親を見つけてくれたために永住権が取得できた。年齢を低く偽って高校に入学したホセは、ベテランズ・ベネフィッツを利用して大学に進学することと、グアテマラに残してきた妹を呼び寄せのためにも彼自身が市民権を取得しようとして、海兵隊に志願したのでした。
ドキュメンタリー映画「ホセ・アントニオ・グティエレスの短い生涯」トレイラー

非合法移民がグリーンカード取得 http://www.shusterman.com/photo6.html

■イラク戦没フィリピーノ米兵に没後の市民権付与

http://sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2003/04/04/MN284532.DTL

グリーンカード・マリーンの息子を喪った父、反戦を語る

5.考察

ヒスパニック系は、持続性をもつスペイン語コミュニティという共通性がある一方で、出身国(とアメリカとの関係)、アメリカでの居住の資格(市民、グリーンカード所持者、その他査証あり、査証なし)の多様性・断片性を特徴とするエスニック・グループとされる。後者の特徴は、1970年代から移民が急増したどの「新移民」系の民族集団にも見られる特徴ではあるが、全米人口に占める比率が大きいだけに、その多様性と断片性がもつ意味もまた、大きくならざるを得ない。

村田勝幸(2003)は、アメリカのラティノ/チカノ運動において、つねに「われわれ」の境界線をどこに引くかが課題とならざるを得なかった経緯をふり返り、次のように述べています。

事実、移民法改編論議とりわけ非合法移民の処遇をめぐって、草の根のラティノ/チカノ住民の見解が一枚岩だったとは到底言えない。少なからぬ数の住民が非合法移民の存在を脅威と感じていたことも事実なのである。ラティノ/チカノ住民を一括りに「非アメリカ(人)的」な存在と規定するネイティヴィズムの背後には、実はこうした調停困難なねじれが存在する。今日に至るまでラティノ/チカノ政治は、多様性を強調すれば政治的な力が分散し、一枚岩性に訴えればネイティヴィズムに足元をすくわれるというディレンマを抱え続けてきた(後略)。出典:村田勝幸「引き直された境界線」出典:油井大三郎ほか編『浸透するアメリカ・拒まれるアメリカ』東京大学出版会、2003年、123頁。

「移民のいない一日」に向けてヒスパニック系がその凝集力を高めて大動員に成功した背景には、非合法移民問題を通じたヒスパニック=非アメリカという表象が、合法移民・合衆国市民であるヒスパニック全体を脅かしているという認識があったと言えます。しかしその危機感を背景にして大動員に成功したことは、ネイティヴィズムの側から、ヒスパニックの全体を非(反)アメリカ的なものとして攻撃するバックラッシュを呼び起こさざるを得ず、国境管理問題などをめぐって州・地域レベルでの反移民立法・行動を刺激してしまいます。黒人人口を上回った「最大のマイノリティ」となったヒスパニック系にとって、大規模な市民行動は両刃の刃とならざるを得ません。ここに、村田勝幸が指摘する「調停困難なねじれ」を見出すことができます。それは、彼らの市民権戦略にも影響を与えざるを得ないのです。