歴史経験としてのアメリカ帝国

歴史経験としてのアメリカ帝国

4000025376第24回大平正芳記念賞を受賞しました(2008.6.12)

選評(山影進氏)
朝日新聞書評欄(2007年11月25日掲載)・評者:赤澤史朗氏
紀伊国屋書店/書評空間(早瀬晋三氏書評ブログ)
岩波書店購入ページ
岩波書店から、『歴史経験としてのアメリカ帝国――米比関係史の群像』を上梓いたしました。本書は過去10年の私の米比関係史研究を全くのフリースタイルでまとめなおし、書き下ろしたものです。

本書で私が試みたのは、イラク戦争の現在という地点から、アメリカ合衆国が同国史上初めての大規模な海外派兵(米比戦争、1899-1902年)によって征服した国フィリピンをめぐる、一世紀あまりにわたる歴史経験を、多様な角度からふり返ることです。

米比戦争は、数千名にのぼる米軍戦没者はもちろん、被征服社会の側に無数の犠牲者を出した一方的な征服戦争であった点でも、国論を二分する反戦・反帝国主義運動がアメリカ国内で巻き起こった点でも、ベトナム戦争やイラク戦争の現在を思わせる出来事でした。しかし、今日この戦争の過去が米比両国で語られることはほとんどありません。そして、フィリピンはアジアのなかで日本とならぶ「親米」国家としての道を歩んでいます。

1990年代には、第2次世界大戦で日本と戦った2万人を超えるフィリピンの退役軍人たちがアメリカ市民権を取得して、その多くが高齢をおしてアメリカに移民するという、日本では考えられない出来事も起きました

アメリカを拒んだベトナム、アメリカを拒みつつあるイラクと較べて、いかにもアメリカにとって都合のよい存在のように見えるフィリピン。この国をめぐるアメリカとフィリピンの人々の歴史経験は、どのように語られてきたのか。また、どのように語りなおすことができるのか。これが本書のいちばんの問いとなっています。

彼らフィリピーノの物語は、事情は全く異なるとはいえアメリカに対する敗者としての戦後を歩んできた日本の私たちにとって決して他人事ではないばかりか、実は私たち自身がそこに深く絡み合う物語でもあります。このような歴史のイメージを読者の皆さんが本書からすくいとってくれれば有り難いと、筆者としては願っています。

本書の序章はイラク戦争開戦後初めてのアメリカのベテランズ・デイ(2003年11月11日)にアーリントン国立墓地で営まれたイラク戦没フィリピーノ・アメリカン兵士の小さな追悼集会から始まり、終章は、その1年後のベテランズ・デイに再び営まれた追悼集会とスミソニアン・アメリカ史博物館でこの日オープンしたアメリカの軍事史展示「自由の代償」展の風景を描きます。このようにイラク戦争の「現在」(たちまち「過去」になってしまうことではありますが)と対話しながら、本書では、1898年の米西戦争、1899年から始まった米比戦争、アメリカ植民地下フィリピンにおける敗者のアメリカニゼーション、第二次世界大戦後冷戦期におけるCIA工作員ガブリエル・カプランと黒人社会学者アーネスト・ニールのフィリピン体験、基地問題の展開、そしてフィリピーノ第2次世界大戦ベテラン高齢者のアメリカ移民問題など、米比を包摂する「アメリカ帝国」という空間のなかでさまざまの歴史経験を生きた人々の群像に焦点をあてています。本書で初めて米比関係史や日本のフィリピン占領史に触れる読者にも、アジア太平洋を往来した人々の姿が少しでも粒だって見えるような作品となるよう努めて書いたつもりです。どうぞご一読下さい。

目次

序章

第1章 刻まれた征服戦争――アーリントン国立墓地から

第2章 「見えない植民地」のつくりかた――カラー・ラインとフィリピーノ

第3章 敗者のアメリカニゼーション――アメリカ植民地下の国民国家形成

第4章 選挙のアナーキー――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(1)

第5章 「自助」の福音――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(2)

第6章 基地問題と植民地関係の「終焉」

第7章 ビー・アメリカン!――フィリピーノ第2次世界大戦ベテラン移民問題とフィリピーノ・アメリカン・コミュニティ

終章

後記

人名原語対照/略表記一覧

 

 

 


2008.6.12.
拙著が第24回大平正芳記念賞を受賞しました。大平正芳記念財団・同選定委員会および本書の出版を可能にしていただいた全ての皆さんに深く感謝申し上げます。